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瞬間の選択

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人間関係について一言

ある方から頼まれて、心からの依頼を受け、その人のためにと私なりに努力をした。
運よく、その人の道が開かれ、現在活躍をされている方がいるが、
以降一切の連絡もなく、賀状すら来なくなった人がいる。


自分の利のために人を利用する生き方も、
たとえ、やせ我慢といわれてもそういうことをしない生き方も、

無慈悲な心で人を裏切る生き方も、人の心に忠実に生きていく生き方も、

無くしたものを数えて、いつまでも愚痴を重ねて暮らしていく生き方も、
得たものを数えて、感謝の心で日々を重ねる生き方も、

  すべてその人の自由であります・・・・。

人は生きている間、その時その折々、その瞬間ごとに、
右か左かの選択をしながら、行くべき道を決断している
だから、どういう人生を選択するかは、その人の自由であり権利でもある。

ただ言えることは、
そのためにおきる結果と責任は
すべて己れ自身の人生に帰属するという覚悟だけは、
はっきりと認識しておく必要があると思うのです

成熟 未成熟の分かれ目は、自由という名の選択でもあります。




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~ Comment ~

 

その人の為に沢山の人を紹介したら、私の知らないところで勝手にお付き合いをする人がいます。ちょっと気分が悪いのですが、私が器が小さいのでしょうか。

99歳の母 

母が体調を崩し、車で一時間半の距離、部屋の掃除や介護に通っています。そこで平塩清種先生の『情』を見つけました。母は何も答えられない状態で、どこで求めたのか分かりませんが、今私の手に渡り母が受けたであろう感動を共有している気がします。このブログに辿りつけたことも感謝です。
ありがとうございます。

コメントありがとうございます。 

ご縁を感じ、感謝を感じ、祈りを感じます。
あなた様も、お母様も、今よりほんの少しでも幸せが訪れますように。

NoTitle 

先生からコメントを頂いた事で、ご本を手にして母に呼びかけて見ようと思いました。今も私の顔と名前は認識できますので、その呼びかけによって母の目に最後の輝きが見られるような気がします。諦めてはいけませんね。
私達にいつも手を合わせありがとうという母。愚痴もこぼさず、一歩ずつ、父の元へ歩を進める母。『情』を傍らに置いていたお陰かもしれません。
有難うございます。
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