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マスコミの表現について

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当地においてまた、少年犯罪がありました。
集団で一人の少年をいたぶっていたという報道です。
マスコミはこれをひとくくりでいじめと報道します。

現在の子供達の目を覆う行為は、もはや、いじめなんていう生易しい表現を使う段階ではなく、
これらはすでに犯罪です。
学校犯罪か少年犯罪と表現すべきです。
大人の世界では、たとえ頭髪一本たりとも、
相手の意思に反して危害を加えたら、犯罪として処罰されるのに、
未成年だからといって、人を苦しめ、暴力で傷つけ、死に至らしめたとしても、
少年法で守られ、その罪を軽減されるというのは、我慢できない事実である。
万一、少年といえども、他人に理由もなく、危害を加えたら、犯罪として逮捕し、
その罪に応じた刑罰をしっかり与えないと、いつまでたっても、愚かな人間を成敗できない。

こんな劣悪な子供という名の人間達には、過激な発言であるが、相手に与えた苦しみや、悲しみや、痛み、
といった同じ程度の苦しみを与え、実感としてのその痛みを教えていくのもひとつの指導かも知れない。
どちらにしても、こういう子供達は、成長しても再犯を犯す可能性が非常に高い。

にもかかわらず、被害にあった人の名前はどんどん公表され、犯罪を犯した愚か者の名前を公表しないのは、
基本的人権の原則に反する。

また、、幼い少女の売春行為を援助交際などと美化した表現を使うから、
愚かな頭脳の子供達に間違ったことをしているという自覚が芽生えない。
ただ、遊ぶお金欲しさに自分の体を男に自由にさせてお金を稼ぐ、
みだらで人間として一番惨めな売春行為と表現するべきである。

弱い立場の人達の弱みにつけこんで相手を威圧する、世にいうクレ-マ-という人達は
クレ-ムをつけたといわず、恫喝、恐喝、威嚇、威圧、恐喝したという表現を使用すべき。

病院で、看護士という表現は患者にとって癒される響きがしない。
あくまで看護婦がいいと思う。
看護士では優しさの欠けらもない。
看護婦という言葉の響きは病人をして優しくなれる気がする。

認知症と表現するから、日々の生活の中での危機意識がなくなるのでは。
痴呆症と呆けをひっくるめて認知症と言うが、
痴呆と呆けは違います。
痴呆はみんないつかは通る道だけど、呆けはすべてが掛かる病ではない。
いかなる病気の中で、呆けにだけはなってはいけない。
認知などというきれいごとを言わないで、呆けと言う言葉で表現することで、
日々の覚悟が違ってくるのではないかと思います。。


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