FC2ブログ

未分類

三月の教室の講義内容は

 ←なんだか僕は堪え性が無くなった気がする →痴呆の話をもう少し
  認知症を考える・・・

SAVE0023.jpg

痴呆を患う方々は、自分で何かを伝えようとしても、
うまく伝えることが出来ない。
そこで何らかの行動を通して相手に何かを伝えようとします。
人は共有する言葉を失った時、
第二、第三の言語を使って語り掛けてくる。
徘徊、汚物処理、夜間の大声などの行動障害には、
それなりにきちんとした意味がある。

人間は老いを避けることは出来ない。
それは、
地位や名誉や貧富の差に関係なく訪れてくる。
成長に個人差があるように、老いにも個人差がある。

痴呆とは軽重の差があっても、普通に年を取っていけば、
誰もが必ず通っていかなければならない道である・・・・・。


認知症という病気は、癌以上に辛く悲しい病気なのだと思います。
なんだか身につまされる話で、少し心が重いのですが、
こんなことを話してみようかと思っています。




  


記事一覧  3kaku_s_L.png 未分類

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
【なんだか僕は堪え性が無くなった気がする】へ  【痴呆の話をもう少し】へ