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生きていくということ

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   友人の奥様の死

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山梨の友人の奥様が三日前に亡くなった。
私ともその友人を通じて、共に人生を歩いてきた方であったので、
生前のありし日を偲び、心からの哀悼の意を表した。

友人が語ったところによると、彼女はもう何年も前の元気な時から、
いつ死んでもいいように、身の回りの整理をし、
死に装束まで用意をしていたそうである。
我々日本人はこういう人を、
潔く覚悟が出来た立派な人だという人が多い。
しかし、僕はそうは思わない。
彼女は死ぬ用意をしていても、死にたいと思っていたわけではなかろうと思う。
人は死の瞬間まで死ぬなんて思わず、
今日を懸命に生きることが、生きていくうえでの要諦ではないだろうか。

僕の知人に70歳を超えて家を建てた人がいます。
こういう人をみて、
後何年も生きれるわけでもないのに、
なんて馬鹿なことをするんだろうという考えもあるが、
あと何年しか生きれないのだから、その何年かを楽しみたいという考えもある。
僕は間違いなく後者だ。
生きていくということは、
死の瞬間まで何かを追いかけていく気力が、その身に抱懐されていること。
人は信じたとおりに人生が動いていくのだと、僕はそう思っている。

彼女(友人の奥様)が末期の時、僕は花を贈った。
昏睡状態の彼女の枕辺で友人が
"広島から花が届いたよ…"と伝えたら、
突然に眼を開けて・・"まぁ・・きれい・・・"と声を出したのが彼女の最後の言葉であったと、
彼は静かに泣いていた。






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